Total Treatment Centerのつぶやき「看脚下」

京都市下京区の鍼灸院が日々で感じたこと思うことを呟いているブログです。

ガチガチも生きづらいけど

2021年9月10日(金) 9時〜19時

 

おはようございます

今日は晴れ

明日はどう?

台風14号の進路がいよいよ心配です

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施術予約の際は此方でご確認ください

https://tsuji-shinkyuin.hatenablog.com/entry/2020/12/31/174838

随時更新してます

(休診は赤短縮は青ゴールデンウルヴス福岡は橙・平常通りは黒)

 

近代社会では、ひとは他人との関係の結び方を、まずは家庭と学校という二つの場所で学ぶ。養育・教育というのは、共同生活のルールを教えることではある。が、本当に重要なのは、ルールそのものではなくて、むしろルールがなりたつための前提がなんであるかを理解させることであろう。社会において規則がなりたつのは、相手も同じ規則に従うかどうかという相互の期待や信頼がなりたっているときだけである。他人へのそういう根源的な〈信頼〉がどこかで成立していないと、社会は観念だけの不安なものになる。

幼稚園でのお歌とお遊戯、学校での給食。みなでいっしょに身体を使い、動かすことで、他人の身体に起こっていること(つまり、直接に知覚できないこと)を生き生きと感じる練習を、わたしたちはくりかえしてきた。身体に想像力を備わせることで、他人を思いやる気持ちを、つまりは共存の条件となるものを、育んできたのである。

 

_____鷲田清一「悲鳴をあげる身体」PHP新書 70〜71項_____

 

昨日も小3男子にルール以前になぜそのルールがあるのかという話をした

そこが異なっていればルールは成り立たない

家庭内でルールを作るなら、それは子供だけが守るのではなく親も守らなければならない

しかしながらテレビをつければルールの解釈で守っていない大人たちが映し出される

前提が異なっているのだろう

しかし外に出れば交通ルールを守らない人がとても多い

反面教師という言葉もあるが、これほどルールが守られていない現実に触れ続ければ子供は守らなくなる

なのでなぜのそルールがあるのかという話になった

本人はわかっていたが周囲でこれだけ守っていなければやってしまうわな

万が一は考え出したらキリがないけど、せめて今どうすべきかというのをそもそもそのルールは何を前提にしているか、を考えて行動してくれたらと思う

 

にしてもよ、特に自転車と歩行者

両耳をイヤホンで塞いだり、スマホ見ながら歩いたり自転車乗ったり、夜間点灯しなかったり、スケボーやキックボードを公道で乗ったり、が多い

頼むから守ってくれ

 

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!