Total Treatment Centerのつぶやき「看脚下」

京都市下京区の鍼灸院が日々で感じたこと思うことを呟いているブログです。

最良

2024年1月13日(土) 9時〜17時

 

おはようございます

明日から冷え込むんですかね

買い出し行きたかったんやけどな

ま、えっか

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施術予約の際は以下のURLからご確認ください

https://tsuji-shinkyuin.hatenablog.com/entry/2020/12/31/174838

随時更新してます

(休診は赤短縮は青ゴールデンウルヴス福岡(GW福岡)は橙・平常通りは黒)

 

受傷330日目

21時半に布団に入る

どうやら夕飯の前に風呂に入ることで逆に余裕が出てのんびりテレビを観る時間ができたようです

そりゃゴールデンタイムのテレビは途中で観るのやめたくないわな

私は19時、20時45分になると、父にニュース番組に替えられていたので、番組冒頭や最後が観れなかったので、観ることを諦める日々やった

Renは逆で見放題やから自分で区切りをつけんとダラダラと観続けることができる

近年のテレビ放送の傾向が、19時〜21時、21時〜23時、という2時間区切りじゃなくて、18時半〜22時とかなので、21時就寝を強いられる子供にはたまったもんじゃない

録画してもあとでは観るほどじゃない番組も多いし

よほど観たかったら録画してでも観るけど、そこまでの執着がないRenにとったら、今、しかない

録画したことも忘れてるし

授業中に眠くなるのがどうなったかはまだわかりませんが、継続してみようと思います

しかーし、再来週、私いないんですよね

どうなるやら

 

「ブリコラージュ」(クロード・レヴィ=ストロース)

最高の判断でなくても、手持ちのカード内でやりくりし、"最良" の判断を行うこと

 

最良の判断ができるように徒手検査をする

この徒手検査が施術よりも、患者にとっては自身の経験として残っていくように感じている

施術も徒手検査も患者にしてみたら他動、受動なのだが(検査や手技よっては自動もある)、施術は依存が生まれやすく、徒手検査は依存が生まれにくい

もちろん、施術者の精度の良し悪しで現れる現象が変わることがあるけども

徒手検査は施術者という他者を物差しにした自身の現状を自覚する機会、経験となる

患者の徒手検査をしている時、施術者も患者を通して自身の現状を自覚する機会、経験となっている

 

この行ったり来たりが時差なくずっと起こっている徒手検査と施術は、日常でもやっているのだが、直に他者に触れる機会が減っている現代では、モノとの関係で知ることになっている

しかしそれも、自身がモノ化して、モノがヒト化しているように感じる

まるでモノに意思があるかのように、私の身体、がどこかに置き忘れられ、モノのことばかりが伝わっていく

モノに意思があるというのは、日本なら九十九神という考えがあるので悪いこととは思わない

しかし、モノが主体になる身体から現れてきたことに対して、都合のいいことばかり(または都合の悪いことばかり)を受け取ってしまうのはいかがなものかと思う

ましてそれが当事者ではなく他者が発信するのはなんで?となる

同じ経験はない

同じような経験はある

自身の経験を拡大解釈していいのかどうか

そこのところを問いながら、手持ちのカードを確認、ブラッシュアップしつつ、最良の判断ができるように

今日も、施術と徒手検査をしていきます

 

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!