2022年7月16日(土) 9時〜15時
おはようございます
早く明けた梅雨でしたが、梅雨を取り戻すかのような雨が降っている地域がある
被害がないことを願うばかりです
施術予約の際は此方でご確認ください
https://tsuji-shinkyuin.hatenablog.com/entry/2020/12/31/174838
随時更新してます
(休診は赤・短縮は青・ゴールデンウルヴス福岡は橙・平常通りは黒)
棚ぼたで時間ができても、やることは変わらない
ただいつもより、子どもに付き合う時間が長くなったのは当たり前やけど当たり前じゃない時間となりました
以前にも書いたと思うんですが、身体はそれぞれなりに「ある」のに「ない」ように扱ってしまう
「ない」ことが「ある」身体と「ある」のに「ない」身体と、なんだか雑なことをしてるなと
四肢の欠損など障害がある(障害という言葉を用いることが適切とは思っていませんが他に持ち合わせていないのでこのまま進めます、すみません)身体の人で、後天的にそうなった人は以下のような感覚があるそうです
それまでは、切断した足をかばって、それ以外の部分の働きを増やすことを考えていた。足に仕事をさせないようにし、その存在意義を減らそうとしていた。変な言い方になりますが、ない足を、ないものとして扱っていたのです。
_____伊藤亜紗「記憶する体」(春秋社) エピソード3・79項より引用_____
そしてこう続きます
けれどもそれでは結局、足を失ったという条件がボトルネックになり、動きが制限されてしまう。他の部位にも負担がかかる。「できる動きをすればいいんじゃないか」という発想もありえるはずですが、大前さんはダンサーとして踊るところにゴールがあります。
そのためには、ない足を、あるものとして扱う必要がある。義足を積極的に使って、体重をかけ、それで立つようにしたのです。足の「再発見」です。
_____同上 79〜80項より引用_____
経験はいつの間にかその人の身体にとって当たり前として馴染んでいきます
ですが、それが身体の抑となる恒常性、構造、機能に沿っているかどうかは、障害のあるなしは関係ない
私は欠損しているわけではないのでそれを経験することがないですが、約2年前に左手の示指を損傷し腱を切断してしまった後、さっきまであったはずの指がなかった
損傷の仕方が主要な血管や神経を避けていたため、痛みがない、出血がほぼない状況で、ある方向のみ動かないだけだったにも関わらず、目にも見えている指がないという経験はしました
縫合手術後、創傷管理をしながら動かないように固定はしていたものの、積極的に動かしていました
欠損したわけではないのでここに示指が「ある」から
でも2〜3日は動かさないようにしていたんです
動かさないようにすればするほど、身体どころか気分まで沈んでいく
損傷直後から手術後数日まで痛みが全くなかったから
動かせない怖さはあっても痛みがないというのは軽いパニックだったんだと思います
創傷管理でガーゼを取り替える際にも痛みがなかったですからね
怖さがこのまま残るのは嫌だったので動かないなりに動かし始めた
示指の末節が、ほんの少し上がるように動く
でも痛みはない
動かしはじめて数日したら縫合したあたりが疼き出した
多分ですが、一般的には疼くような痛みの時は安静にと云われるし、すると思います
ですがそれでも動かしてました
なぜか
「ある」んやしそれなりに動かさないと、いざ施術に戻ろうとした際にすぐ戻れそうになかったので(動かせない怖さとはまた違った怖さでしょうね)
何より痛みが出てきてようやく状況と状態が一致した感じです
痛みを感じた方が気分が落ち着くって違う意味で怖い感じもしますが、機能としては戻りきってませんが、施術を続けられるという喜びが大きかったのを覚えています
でもね
いまだに中間位から示指の伸展はできません
指が手の甲側に反ることはない
握ったところから真っ直ぐに伸びるところまではできますがね
日常ではさほど気にしてませんが、端々で怖っとなってイラッとします
Renとキャッチボールなど遊ぶときは怖さがむくむくと膨れ上がってきますが、それなりにすれば怖さも萎んでいく
なくなりはしませんが
この膨れ上がってくる怖さは、まだなんの問題もなかった時の記憶の身体で動こうとしているからでしょうね
今の身体とズレがあるのに
このズレがなくなるのか?というのは思いますが、記憶の中の私で動くことは叶うわけがない
辛いかもしれませんが、それも込みで今を積み重ねていくだけ
それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!